糖尿病の治療

糖尿病の治療

糖尿病の治療は、①食事療法、②運動療法、③薬物治療(お薬、注射)があります。

①食事療法

  • 食事療法について
  • どのくらい食事をしたらいいの?
  • 糖質制限ってどうなの?
  • バランスのよい食事とは

②運動療法

③薬物療法(お薬、注射)

血糖値を管理するために、①食事療法、②運動療法が大事、ということは分かっておられる方が多いかと思います。ただインターネットにおける玉石混交の情報で間違った管理をされている方を多く見受けます。ここでは治療における正しい情報を提供いたします。

ポイントは「正しい治療法」を「継続」することです。糖尿病は「治る」病気ではありません、長年、至適領域にコントロールをして合併症を予防し、健常者と同様に病気のない人生を歩んでいくことが目的になります。「正しい治療法」は我々が提供します、あとそれを日常生活の中で「継続」して頂くことで至適領域にコントロールしていくことは可能です。偏った食事療法(例えば糖質をとらない)、きつい運動療法は、短期間は実施できても継続ができず、結局中断してしまうものです。多くの患者さんを診ていて思うことは、「基本に忠実に」「正しく負担のない治療を」「継続」することが重要であるということです。いい治療でも継続しないと意味がありません。継続するためには、「無理のない治療」をしながら、定期的に「通院する」という点がポイントと考えます。

糖尿病専門医が考える
「血糖管理の原理原則」

① 高血糖状態を改善する

② 治療過程で低血糖を絶対に起こさない

③ 血糖値スパイクを改善する

この原理原則を目の前の患者さんに当てはめて治療を行っていきます。

HbA1c 12%の患者さんへは、①→②→③の順で。HbA1c 7.5%の患者さんへは②→③の順で。HbA1c 6.8%の患者さんへは③を中心に考えて治療をする、、、といった感じです。

治療目標とする数値

HbA1c上昇とともに合併症は増える

HbA1c上昇とともに合併症は増える! Keep your A1c below 7%

熊本県で行われた糖尿病患者さんを対象とした『熊本スタディ』では、HbA1cが7%未満であれば血管合併症が少ないということが分かり、血糖コントロールの第一の目標は7%未満と言われています。逆にHbA1cが7%を超えると指数対数的に合併症が増えることが分かり、血糖コントロールの重要性が分かるかと思います。

HbA1c 7%未満でいいのか?

それではHbA1c 7%未満の血糖変動を見てみましょう。
下の図のようにHbA1c 6.8%(糖尿病患者さん)と5.2%(健常者)では明らかに異なることが分かります。

HbA1c 7%未満でも血糖値はかなり高い!

それでは果たして本当にHbA1cが7%未満となっていたらいいのでしょうか?
この図を見たら、良くないことは自明のことかと思います。適切な方法で確実に5.2%となるようにコントロールをすべきです。

血糖コントロールはオーダーメイド

人は「男性・女性」「年齢」「持っている他の病気」「使っている薬剤」「認知症の有無」というように、2人として同じ人はいません。人はみな異なるので、目標値も本来は異なるものです。ただあえて目標値を設定するなら、HbA1cが7%未満というだけで、本来は正常値を求めるべきと考えます。
例えば、①働き盛りの45歳男性、②認知症のある75歳の女性のお二人がともにHbA1c 7.5%だったらどのように治療をするでしょうか?ガイドラインで示されているように、お二人とも「HbA1c 7%未満を目指す」とはなりません。①の方ならまだまだあと35年近くお元気で生活していただくために、現時点の血糖コントロールは正常域(HbA1c 5%台)まで下げるように管理します。しかし②の方なら、認知症のためお薬を間違って飲む可能性もあることなどを考えて、現在のHbA1c 7.5%でも許容できる、という判断となります。このように糖尿病治療はガイドラインを参考にしますが、目の前の患者さんの「年齢」「性別」「体形(細いか肥満か)」「併存疾患(心臓病があるかないか)」「活動度(自分で動けるか、車いすか)」「使っている薬剤(低血糖を起こしうる可能性があるか)」「家族関係(食事をつくってもらえるか・お薬の管理をしてもらえるのか)」「認知症があるかどうか」などを、全てを把握の上、その方に合った目標値を設定し、血糖コントロールをしています。つまるところ、当クリニックにおいては、同じ治療をしている患者さんはおられない、ということになります。

日本糖尿病学会編・著:糖尿病治療ガイド2018-2019,p.29,文光堂2018日本糖尿病学会編・著:糖尿病治療ガイド2018-2019,p.29,文光堂2018

上記のように患者さんによってオーダーメイドのように管理するのは簡単なことではないので、とてもおおざっぱな表現をするなら、HbA1cは「年齢÷10」以下を目指すべきと考えます。
例えば

  • 60歳の方なら「60÷10」でHbA1c 6%以下
  • 70歳の方なら「70÷10」でHbA1c 7%以下
  • 80歳の方なら「80÷10」でHbA1c 8%程度でもOK

ということです。

目標は日本人の平均寿命まで、という考えに基づくと、荒っぽい表現にはなりますが、上記でもいいかと考えます。ただ昨今「人生100年時代」が謳われており、それをなし得るにはやや難しい目標となりえるかもしれませんが。

HbA1cを1%を落とす効果

上記図では、HbA1c 7%を越えたら、指数対数的に合併症が増えるというのが分かりました。逆に現在の血糖値を下げることにより得られるメリットも同様に示されています。下記の図の通り、HbA1cを1%落とすことで、心筋梗塞や脳卒中などの重篤な病気を下げることが分かっています。当たり前ではありますが、血糖値を下げるということはとても大切なことなのです。

HbA1cを1%を落とす効果Stratton IM et al: BMJ 321(12): 405-412, 2000.

低血糖を起こしてはいけない

ただ血糖コントロールをしていく中で、一番重要なことは「低血糖を起こさない」ように血糖値を下げる、ということです。「血糖値は正常値にするのがいい」というのは正しいのですが、条件があって「低血糖を起こすことなく」治療を行う、ということが非常に重要なのです。
2008年に発表された研究結果で、「低血糖を起こすような治療をすると逆に死亡率があがる!」という衝撃な事実が分かったのです。お薬を使って、低血糖が起きえるくらい強い治療を行うと、心臓がびっくりして死亡率が上がったのです。この研究結果から学んだ教訓は「目標の値まで血糖値を下げる治療中に、低血糖は決して起こしてはいけない」ということです。低血糖は軽度のものは症状が少なく分かりにくいこともあり、当院では持続血糖測定器を用いて低血糖を起こさないように細心の注意をして治療選択を行っています。

持続血糖測定器についての
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低血糖を起こすと、死亡率が1.22倍上がる!N Engl J Med. 358: 2545-2559, 2008

食事療法について

食事療法について

食事療法は、糖尿病治療の基本です。
血糖値が高くなったら、運動やお薬で血糖値を下げようとします。しかし血糖値が上がらなかったら下げる必要性はありません。つまり、血糖値を下げる(運動、薬)よりも、血糖値を上げないようにする(ごはん)ほうが、血糖コントロールは容易になります。 糖尿病の方は、食事として体内に入ってくるブドウ糖の量を制限することで、血糖値の上昇を防ぐのが一番です。ただ1型糖尿病においては(特に子供さん)食事制限をするのではなく、成長のためにもきちんとした食事を摂らなければいけません。もちろん食事で血糖値は高くなりますので、適切なタイミングで適切な量のインスリン注射をして、血糖コントロールを行います。
また2型糖尿病においても「太っている糖尿病患者さん」と「痩せている糖尿病患者さん」では食事療法は異なり、「痩せている糖尿病患者さん」には食事制限は行いません。

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どのくらい食事をしたらいいの?

基本は、「身長」と「活動量」に規定されます。
食事療法の基本的な考え方は、必要以上のカロリーをとらないようにし、適切なカロリーの範囲内で、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素をバランスよくとることが大切です。
なお、エネルギー摂取量は下記の計算式で求められます。
エネルギー摂取量=標準体重1)× 活動量2)

1)標準体重(kg)=身長(m)×身長(m)×22
たとえば、身長160cmの人の標準体重は・・・・1.6×1.6×22=56.32kg
2)活動量は体を動かし方によって決まるエネルギー(kcal/kg標準体重)

日本糖尿病学会編・著:糖尿病治療ガイド2010 食事療法 033.文光堂, 2010日本糖尿病学会編・著:糖尿病治療ガイド2010 食事療法 033.文光堂, 2010

仕事を引退して自宅にいることの多い方と、仕事で外を動き回っている方では、エネルギー消費が異なるのは、すぐに理解できるかと思います。
あくまで目安ですが、小柄な主婦の方なら1500Kcal(50Kg x 30)、中肉中背のサラリーマンなら2300Kcal(65Kg x 35)といった感じでしょうか。
カロリー計算は簡単ではありませんので、大まかにカロリーを意識しながら食事を選択することがコツです。特に男性はなかなか遵守するのは困難で、これが原因で治療中断するようでは本末転倒ですので、毎日体重を測定して体重を確認することで、カロリーのバランスをとることも方法の一つかと思います。

糖質制限ってどうなの?

昨今話題の糖質制限についてお話いたします。
下の図の通り、血糖値は主に食事の中の糖質(炭水化物)により上昇します。ですので糖質をとらなければ、血糖値はほぼ上がりませんし、血糖値は大幅に低下します。また糖質を取らないことで血糖値は上昇せず、そのため血糖値を下げるホルモンであるインスリンも不必要となるため、体重は低下していきます(インスリンは太るために必要なホルモンです)。このように「糖質制限」は①血糖値が上がらない、②体重が落ちてダイエットになる、といった”魔法の治療法!”と言えます。
それならば、「糖質制限」は本当にいいのか・・・これについては結論は出ていません。
ここからは私見として、「糖質制限」の上手な使い方を述べたいと思います。

いい点

短期的であれば、確実に体重が落ち、同時に血糖値も下がるので、非常に有益

悪い点

糖質は日本人がよく口にする「お米」「パン」「そば・うどん」「パスタ」「ラーメン」の主成分です。長年口にしてきたものを極端に減らすことは1-2週間はできても、それ以上は続けられる方は多くはいません。なぜか??糖質を口にしない分、脂質・タンパク質(お肉、ステーキ、卵、油など)を取ることになりますが、いかがでしょうか?脂質・タンパク質に偏った食事だけで続けられるものではないと思います。糖質制限により血糖は上がらなくなりますが、その分コレステロールを多く摂りすぎて高コレステロール血症になってしまっては、動脈硬化は進んでしまいます。
また糖質制限をすると短期間で体重が低下します。そのため急速な体調の変化についていけず、免疫力の低下、また女性においては骨粗鬆症の増悪も起こりえます。「血糖値を改善させたい!」ということばかりに注力した結果、別の病気を発症させては意味がありません。
糖質制限を否定するつもりはありませんが、基本は「バランスのとれた食事を、適切なカロリーのもと管理をすることが一番いいのでは?」、と、10万人の患者さんを診て思うことです。その中でも高齢者(65歳以上)の糖質制限は、免疫力の低下、骨粗鬆症の悪化を憂慮して、行うべきではないと考えます。
特別なことをせずに、当たり前のこと(規則正しい食事、定期的な運動)を当たり前にすることが、血糖値管理には一番安全で一番効果的だと実感しています。

血糖値は「糖質」で決まる!

バランスのよい食事とは

食事療法では、食べてはいけない食品はあまりありません。大事なことは、適切なカロリー量の範囲内で、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素をバランスよくとることです。決められた1日のカロリーの55~60%を糖質(炭水化物)からとり、タンパク質は標準体重1kgあたり、成人の場合1.0~1.2g(1日約50~80g)とり、残りを脂質でとることが理想です。
ただいつも食べている食品がどの程度のカロリーなのかを覚えていきながら食事管理をすることになります。そこで使われるのが、「食品交換表」です。「食品交換表」とは、炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン・ミネラルなどのそれぞれの栄養をおもに含んだ食品を6種類に分類した表のことです。

日本糖尿病学会編:糖尿病食事療法のための食品交換表第6版p8~9,日本糖尿病協会・文光堂,2002年より改変日本糖尿病学会編:糖尿病食事療法のための食品交換表第6版p8~9,日本糖尿病協会・文光堂,2002年より改変

食事については長年の習慣となっている食べ方があるので、味付けなどが急に変わることで食事がストレスになりえます。そのため継続できないことをよく経験しますので、「まずはざっくりとカロリーを把握する」くらいの軽い気持ちでやっていくことがポイントです。私は初めて糖尿病を指摘された患者さんには、食品カロリーの詳細なことは説明しないようにしています。あれもこれも教えることで消化不良になってしまうからです。ですので、「1か月に1Kg体重を落とすような食事にして下さい」といった、ざっくりとした対応にしています。摂取カロリーが少なくなれば確実に血糖は改善しますし、無理のない範囲での治療を継続することが最重要事項だと感じています。

運動療法について

運動の効果

運動の効果

運動の効果としては、

  1. 急性効果
    (運動後すぐに現れる効果)
  2. 慢性効果
    (長期間継続することで期待できる効果)

があります。

運動で血糖値が下がる仕組み

運動で「糖」を消費!=「ガソリン」を消費!「車を走らせるとガソリンが減る」
のと同じ、とても単純な仕組みです。
糖尿病は、運動に必要な「糖」が過剰に血液に存在しています。
「ガソリン満タンの車」のガソリンを減らすにはどうしたらよいでしょうか?
そう、車を走らせればガソリンはドンドン減っていきます。
人間も同じです。体を動かすためには「糖」が必要です。運動を行って血中の余分な糖を使ってしまえばいい。というごく単純な理屈が、運動療法の急性効果です。

運動が勧められる「少し深~い、事実」

糖尿病では、血糖値を下げる「インスリンの量」また「インスリンの質」が低下しています。
特に2型糖尿病では「インスリンの質(働き)」が低下していると言われます。

2型糖尿病の多くは、インスリンの働きが低下しています!

糖尿病境界型(特に肥満がある方)の方の「血中のインスリン量」を測定すると、健常者の何倍ものインスリンが分泌されていることも少なくありません。何故「通常以上に」インスリンが分泌されているか?これは「インスリンの質(働き)」が悪い状態を補うように、膵臓が頑張ってインスリンを過剰に分泌しています。もし、インスリン分泌量が普段通りなら、血糖値は「正常値を超えて上昇」してしまうからです。これは一種の「防衛反応」とも考えられます。

インスリンの「質」は悪くても、「量」で補えている間は、血糖が「正常~境界型」程度で済みます。「体の防衛反応」が働いているのでいいのでは?

ラストスパートも長くは続きしません。どこかで「バテてしまいます。」いえ、この状態は決して良い事ではなくて、人間でいうと「仕事の効率が悪いから、仕事が終わるまで長時間働かされている」状態です。
競馬で例えると、「ラストスパートのムチ打ち」のようなイメージでしょうか?馬がバテて来た時に、「もう少し頑張れ!」とムチを打って無理やり走らせている状況。

長時間労働も、限界が来れば「過労で倒れます」
馬も「永遠にはラストスパートできません」
膵臓も同じです「何倍ものインスリンを際限なく分泌し続けることはできません」
「質が悪い」ことに加えて、「量が不足」。これが多くの2型糖尿病の成り立ちです。
2型糖尿病の方は、「インスリンの質」も「インスリン量」も両方が、機能不足に陥っている可能性が高いのです。

血糖値をどれだけ下げられるかは、膵臓から分泌されるインスリンの量×室(働き)の掛け算で決まります。

糖尿病、特にインスリン分泌が保たれている2型糖尿病の方は、「疲れた膵臓をいたわること」がかなり重要なポイントです。
膵臓が余計に働かないで済むように、「インスリンの質」を改善させなければいけません。
長くなりましたが、このインスリンの質を改善する方法として重要なのが運動というわけです。

運動療法の慢性効果
(やるかやらないかで、後々効いてくる)

糖尿病の治療標的は、膵臓だけではありません。
糖尿病の合併症である腎臓病、網膜症、狭心症や脳梗塞などは「血管病変」です。
運動療法は、高血糖の是正などによる血管機能の改善が期待できます。
また、高齢者に多いとされる「転倒」や「骨折」リスクを軽減させることも期待できます。

様々な合併症は、「糖尿病だから引き起こされるもの」だけではなく、
「糖尿病になりやすい生活習慣を続けるから」引き起こされるものも多くあります。
1型、2型に関わらず糖尿病は、長期的に健康面への悪影響(合併症)を及ぼします。
また、その合併症のどれもが生活の質を大きく損なうものです

運動の慢性効果

上図のように運動の効果は多岐にわたります。
これらは薬を飲んでいるだけでは達成しえないものです。
運動が出来る状況なのに、運動をあえて行わないのは「勿体ない!」と私は考えます。
皆さんは、いかがでしょうか?

運動のポイント

運動のポイントは、

  1. 種目(何をするか)
  2. 強度(どれくらいの強さ:きつさで行うか)
  3. 運動時間(どれくらいの長さで)
  4. 頻度(週に何回)
  5. 実施タイミング

以下は、大まかなまとめになります。

運動のポイント

食後の血糖スパイクの軽減を期待するのであれば、食後直ぐに運動することが勧められます。
食後直ぐに運動するには「お腹一杯」では苦しいですよね?
食事は「腹八分目」を意識してみましょう。

運動処方は、薬の処方と同じように本来はオーダーメイドであるべきです。
運動実施の際は、一度医師など専門スタッフへご相談されることをお勧め致します。

スタッフ集合写真

運動の注意点

沢山のメリットが期待できる運動ですが、残念ながらデメリットも存在します。「安全かつ効果的」な運動を行っていただくためにも、以下の2点にご注意いただければと思います。

合併症の把握

糖尿病の合併症の進行度合いでは、運動が勧められないこともあります。
合併症の把握、またそのコントロールが十分でない状態で、テレビやインターネットで得た情報をそのままご自身に当てはめるのは、お勧めできません。
血糖は下がったけど、合併症が悪化してしまった・・・なんてことになっては、本末転倒です。合併症の把握

低血糖対策

血糖値が高いのも悪いですが、逆に血糖値が低すぎるのも同じくらい、あるいは高血糖以上に悪いと考えられています。まずは低血糖にならないように予防。そして万一、低血糖になった時の対処法をおさておきましょう。低血糖対策

内服治療

糖尿病の治療は、食事療法と運動療法が基本です。
しかし、食事療法と運動療法で良好な血糖コントロールが実現できないときは、合併症の発症や進行を抑えるために、薬物療法を開始します。
最近では次々に効果のある新薬が上市され、治療の選択肢が広がってきています。私が医師となった2003年時は2~3種類しかなかったため、治療法はある程度決まっていましたが、現在7種類ありかつ毎日飲むお薬や1週間に1回だけでいいお薬もあり、選択肢が増えた分、治療法は医師によってばらばらなのが現状です。もっとも血糖値は、性別、体格、食事量、食事内容、食事時間など、人によって同じ人は1人としていないわけなので、全員異なる、つまりオーダーメイドの治療というのが当然とも言えます。
ただその中には「血糖管理の原理原則」があり、①高血糖状態を改善する、②治療過程で低血糖を絶対に起こさない、③血糖値スパイクを改善する、という流れで血糖コントロールは行います。

まずは飲み薬についてお勉強をしていきましょう。
現在7種類の飲み薬があります。「血糖値」とは「血管の中のお砂糖の量」ということです。お砂糖成分が多くなると血液がドロドロとなって良くないことは簡単に分かるのではないでしょうか。
飲み薬は、そのお砂糖が血管の中に入らないようにしたり、外に出て行ってもらったり、おしっこに出て行ってもらったりする働きをしています。またいくつかの役目を組み合わせる(数種類のお薬を使う)こともあります。

日本糖尿病学会編・著:糖尿病治療ガイド2018-2019,p.33,文光堂2018日本糖尿病学会編・著:糖尿病治療ガイド2018-2019,p.33,文光堂2018

それぞれの飲み薬の特徴を示します。それぞれのお薬に一長一短がありますが、糖尿病専門医として私が良く使うものを「★」で示しています。「★★:よく使う」「★:たまに使う」。
患者さんを目の前にして、私が確認している項目の一部を示します。下記の情報をもとに、薬剤の特徴を考え、そして「血糖管理の原理原則」に基づいて血糖管理を行っています。

  • 年齢は?
  • 性別は?
  • 痩せているのか、太っているのか?
  • 認知症はあるか?
  • 合併症があるか?またあるならどの病気が、どの程度、進行しているのか?
  • 腎機能は大丈夫か?
  • 食後血糖を下げたいのか、空腹時血糖を下げたいのか?
  • お薬をきちんと飲めそうか?
  • 夜勤などの不規則な生活か、規則正しい生活か?
  • 仕事は?

簡単に、どのようなことを頭の中で考えて薬剤を選択しているか提示いたします。

  • 年齢は?・・・高齢者(特に後期高齢者:75歳以上)では使える薬剤が制限されます、その理由は腎機能が低下していることが多く、低血糖を起こしやすくなるためであり、特に配慮を要します。
  • 性別は?・・・妊娠可能な女性は妊娠時に使える薬剤はありませんのでインスリンを使います。また生理でも血糖値は乱れます。
  • 痩せているのか、太っているのか?・・・
    やせている人はお薬の効果が強く出るため少量から開始します、太っている人は更に体重が増えないような薬剤を選択します。
  • 認知症はあるか?・・・
    お薬をきちんと飲めない可能性がありご家族のサポートが得られるかも確認します。また低血糖を気づきにくいため、血糖コントロールは控えめにします。
  • 合併症があるか?またあるならどの病気が、どの程度、進行しているのか?・・・
    心臓病がある場合は特に低血糖には注意します、低血糖が起きないように細心の注意を払い薬剤選択を行います。また網膜症がある場合は、血糖を良くするスピードにも注意をします。
  • 腎機能は大丈夫か?・・・
    糖尿病のお薬に限らず、全ての薬剤はほとんどが腎臓を経由するので、腎機能を確認せずにお薬を投与することはありえません。腎機能が悪い場合は無理にお薬を使わずに、安全性の高いインスリン治療を選択します。
  • 食後血糖を下げたいのか、空腹時血糖を下げたいのか?・・・
    血糖を下げるといっても、下げるターゲットが異なると、選択する薬剤も変わってきます。
  • お薬をきちんと飲めそうか?・・・
    食事のたびに飲んだり、食事の直前に飲むお薬があります。食後血糖を下げるためのお薬ですが、飲む回数が増えるため、きちんと飲めないと意味がありませんので、内服を遵守できるかどうかは大事なポイントとなります。
  • 夜勤などの不規則な生活か、規則正しい生活か?・・・
    不規則な生活では、食事のタイミングが不定期なために血糖値が乱れることが多く、食事の時間を把握してお薬を選択します。
  • 仕事は?・・・
    働き盛りのサラリーマンでは昼食を摂ってから夕食までが長い時間空くことが多く、その間に低血糖となることがあり、低血糖とならないようにお薬を選択します。

上記は私の思考回路のごく一部ですが、1人として同じ人はいませんからオーダーメイド治療となるのもご理解していただけるかと思います。ただそれでも「血糖管理の原理原則」には基づいています。

種類 作用 効果の特徴 問題点
★★ビグアナイド薬 小腸から糖が身体に入るのを抑えたり、筋肉で糖の利用をうながし、血糖値を下げます。 食後の血糖が上がらないようにしてくれます。また体重が増加しにくいお薬です。 食事のたび、飲む必要がある。高齢者には使いにくい。
チアゾリジン薬 脂肪や筋肉などでインスリンの効きをよくして、血液中のブドウ糖の利用を高めて血糖値を下げます。 動脈硬化を抑える可能性のある薬剤です。 むくみが起きやすく、また膀胱がんとの関連が懸念されている。
★★DPP-4阻害薬 インスリンの分泌をうながすホルモンであるGLP-1の働きを高めます。 血糖値の高いときだけ作用し、インスリン分泌をうながします。体重増加はありません。副作用が少なく安全なお薬です。 血糖値を下げるパワーは弱いです。
★スルフォニル尿素薬
(SU薬)
膵臓のβ細胞を刺激して、インスリン分泌をうながし、血糖値を下げます。 一番古い飲み薬の一つで、かつ血糖を下げる力が強いお薬です。また薬価も安いという特徴があります。 低血糖が起きりやすく、使い方には注意が必要です。
速効型インスリン
分泌促進薬
SU薬と同じように、膵臓のβ細胞を刺激して、インスリン分泌をうながします。 食後の血糖値を改善させます。飲んだあと短時間だけ作用します。 食事のたびにお薬を飲む必要があります。
★α-グルコシダーゼ
阻害薬
小腸での糖の吸収を遅らせて、食後の急激な血糖値の上昇を抑えます。 食後の血糖値を改善させるときに使います。 おならが増えます。食事の直前に飲み必要性があります。
★★SGLT2阻害薬 尿から糖分の排泄させて、血糖を下げます。 尿に糖を出すことで体重が2-3Kg程度落ちます。1型、2型ともに使える数少ない飲み薬です。 おしっこがふえます。尿路感染症が増えます。

飲み薬の治療は時に2~3種類を組み合わせて行います。ただ3種類使っても目標の血糖コントロールに到達しない時は、注射治療を併用します。

注射治療

「インスリン注射」って聞くとどんなイメージがありますか?
「一度打ち始めたら一生打たないといけない」「インスリン注射は痛い」「低血糖が怖い」「インスリン注射をしたら終わりだ」というお話を聞くことがあります。昔の糖尿病治療はお薬の選択肢が少なかったことから、病気がかなり進行してからインスリン注射をしていたため、そのようなイメージが残っているのかもしれません。

近年、さまざまな研究結果から、糖尿病は早い段階で治療をすることでさまざまな合併症を予防できることが分かってきました。そのため、きっちりとした治療を早い段階でする方法の一つとして、まずインスリン治療を行う、というのも一般的になってきました。早い段階でインスリン治療を開始して、血糖管理を改善させると、3か月~半年程度でインスリンは不要となることが多いです。

下記の方はインスリン注射の適応
となる方です。
  • 1型糖尿病
  • 糖尿病合併妊婦、また妊娠糖尿病の方で食事療法だけでは血糖コントロールが不十分な方
  • 腎機能障害、肝機能障害があり、お薬が使いにくい方
  • ステロイドを飲んでいて血糖値が高い方
  • 血糖値が高すぎてお薬では対応できない方

インスリン治療が必要な症例はたくさんありますが、「高血糖を改善させるためにインスリンを開始すること」が一番多いです。

「血糖値」とは前述の通り、「血管の中のお砂糖の量」ということです。お砂糖成分が多くなると血液がドロドロとなってしまします。ドロドロとした血液は流れがよどんでるので、それが持続すると「脳梗塞」や「心筋梗塞」となってしまうからです。高血糖(血糖値が250 mg/dlを超える)になると、喉が渇き始めます。そして、喉が渇くと人は水分を摂取しようと行動します。その行動にはきちんとした理由があります。

それは、ドロドロとした血液を水分で薄めて少しでもサラサラにして、「脳梗塞」や「心筋梗塞」にならないようにしているのです。つまり、「喉が渇く=水分を摂る=脳梗塞を予防する=生体の防御反応」なのです。糖尿病はそもそも症状がない病気ですので、「喉が渇く」といった症状が出ているということは”黄色信号”状態を意味しています。「脳梗塞」や「心筋梗塞」といった”赤信号”にならぬ様に、インスリン治療を早い段階で開始することが求められます。

インスリンは
一生しないといけないの?

上記の適応の中で「1型糖尿病」の患者さんだけはインスリン注射は欠かせません。それ以外の患者さんは、インスリン注射から離脱(=注射を止めること)することは可能ですし、治療の開始が早ければ早いほど、インスリン治療期間は短くなります。早い方なら3か月で中止できる患者さんもおられます。また安定したら1週間に1回の注射もありますので、想像されているよりはるかにインスリン注射は「簡単」だと思っています。また「痛み」の懸念もあるかと思います。こちらは医療技術の向上により針はかなり細くできており、”チクっ”とはしますが、ほぼ痛みはないレベルです。

インスリンは安全なの?

インスリン注射の懸念の一つに「低血糖」があるかと思います。それはインスリン注射を使い慣れていない医師でも同様です。インスリン注射は、きちんとした知識のもと、適切な容量調整を行えば、飲み薬より安全で、低血糖なく、血糖コントロールを可能にしてくれます。特に腎機能の低下している患者さんはお薬の効果が強くでるため低血糖が起きやすくなります。インスリン注射なら微調整できるので安全に管理できます。またお薬では便秘やおなら、吐き気などのさまざまな副作用がありえますが、インスリン注射ではほぼなく極めて低く安全と言えます。

また、なによりも確実に血糖値を目標値までに下げることが可能となるのが一番の武器です。
当クリニックでは初診時にHbA1cが12~15%と高値の方でも、「半年後にはHbA1c 7%を切っていますので、言う通りに頑張って下さい!」と説明していますが、それが可能となるのはインスリン注射を適切に使うことで血糖コントロールを確実に行うことができるからです。
下に当院における標準的なインスリン注射使用例をお示しします。

インスリンは安全なの?

初診時はHbA1c 13.5%ととても高い血糖値でしたので、悩まずインスリン注射を開始しました。「血糖管理の原理原則」に基づいて、”低血糖を起こさないように”初めは少量のインスリン量から開始、徐々にインスリン量を増量し、それとともに血糖値が改善していきました。初めは4単位でしたが最大30単位まで増量し、途中から飲み薬を併用しました。その後は徐々にインスリン注射は減量でき、インスリン注射が15単位まで減量した時に1週間に1回の注射に変更となり、HbA1c 6.9%まで低下しました。

インスリン注射の種類

下記のようにたくさんの種類があり、患者さんにあったものを選択します。
1型糖尿病の患者さんの場合は2種類4回注射が基本となりますが、2型糖尿病の患者さんは1種類1回注射や1種類2回注射などさまざまで、患者さんの生活スタイルや血糖値によって調整を行います。

インスリン製剤

インスリン注射以外の注射

最近はGLP-1という別のタイプの注射も上市されています。血糖値を下げる力は、飲み薬とインスリン注射の間になります。特徴は「低血糖が起きにくい」「体重が落ちる」という2点です。
「血糖管理の原理原則」の”低血糖を起こさないように”という点からも非常に魅力的な薬剤であり、当院でもかなり多くの患者さんに使用しています。特に最近では週に1回の注射製剤も上市され、幅広い患者さんの糖尿病治療を後押ししてくれています。
またお薬の効能に食欲抑制があり、結果として体重が落ちます。最近、このGLP-1注射が”やせ薬”としてダイエット市場に出回っているのを目にします。「楽して注射だけしていれば痩せる」ということですが、本来あるべき姿かは少し考えたら分かることだと思っています。

高齢者の糖尿病治療

高齢者(65歳以上)の糖尿病治療は、年齢やその方の活動強度、また糖尿病以外の病気の有無も絡んできますので、それぞれの患者さんにあったよりきめ細かい治療が必要となります。長期間糖尿病の治療をしている方の中には、すでに糖尿病合併症を持っていたり、また低血糖に気付かず(無自覚低血糖)認知症やうつ症状が前面にでていることもあります。高齢の糖尿病患者さんに対しては、糖尿病合併症の予防を目的とした血糖コントロールの管理目標値は確立されていません。
しかし高齢の患者さんであっても、合併症を引き起こすほどの強い高血糖を防止すること、認知症やうつ症状、生活強度を低下させるような低血糖を回避することを目的としたガイドラインがあり、若い人より血糖コントロールの目標値が高めに設定されています。

日本老年医学会・日本糖尿病学会 編・著:高齢者糖尿病診療ガイドライン2017 ,P.46,南江堂,2017より転載日本老年医学会・日本糖尿病学会 編・著:高齢者糖尿病診療ガイドライン2017 ,P.46,南江堂,2017より転載

注1:認知機能や基本的ADL(着衣、移動、入浴、トイレの使用など)、手段的ADL(IADL:買い物、食事の準備、服薬管理、金銭管理など)の評価に関しては、日本老年医学会のホームページを参照する。エンドオブライフの状態では、著しい高血糖を防止し、それに伴う脱水や急性合併症を予防する治療を優先する。
注2:高齢者糖尿病においても、合併症予防のための目標は7.0%未満である。ただし、適切な食事療法や運動療法だけで達成可能な場合、または薬物療法の副作用なく達成可能な場合の目標を6.0%未満、治療の強化が難しい場合の目標を8.0%未満とする。下限を設けない。カテゴリーⅢに該当する状態で、多剤併用による有害作用が懸念される場合や、重篤な併存疾患を有し、社会的サポートが乏しい場合などには、8.5%未満を目標とすることも許容される。
注3:糖尿病罹病期間も考慮し、合併症発症・進展阻止が優先される場合には、重症低血糖を予防する対策を講じつつ、個々の高齢者ごとに個別の目標や下限を設定しても良い。65歳未満からこれらの薬剤を用いて治療中であり、かつ血糖コントロール状態が表の目標や下限を下回る場合には、基本的に現状を維持するが、重症低血糖に十分注意する。グリニド薬が、種類・使用量・血糖値などを勘案し、重症低血糖が器具されない薬剤に分類される場合もある。

よくあるご質問

糖尿病の治療は何をする?

糖尿病の治療は、①食事療法、②運動療法、③薬物治療(内服、注射)の3つがあります。 適切な血糖コントロールをするために定期的に通院をして、治療を継続が大切です。

糖尿病の治し方は?

1型糖尿病では、インスリンそのものが不足しているためインスリンの注射が必要です。2型糖尿病では、インスリンの効きを良くすることが治療です。減量や生活習慣の改善をしながら、内服薬や注射薬で治療を行います。

血糖値やHbA1cがいくつになれば薬を止められる?

まずは食事や運動を中心とした生活習慣の改善をして、HbA1c7.0%以下の状態が維持出来るようであれば薬を使用しないこともあります。

高齢者糖尿病治療のポイント

  • 高齢の患者さんでも食事療法・運動療法が基本であることは変わりません。しかし高齢者の食事制限は筋力が落ちたり、免疫力が落ちたりしうるため、肥満傾向でない限りは当院では実施していません。特に糖質制限を行った患者さんは骨粗鬆症が悪化することが多く、勧めておりません。血糖値だけをよくすることが治療の目標ではありません。高齢の患者さんが人の手を借りずにお元気にいられるためには(=健康寿命を延ばすために)何をすべきかと考えると、高齢者糖尿病治療は食事療法以上に運動療法が重要と考え、我々は運動療法に力を入れています。もちろん食事管理をゆるめるために血糖値は上がってしまいますが、その点については適切な運動療法と、適切なお薬を使うことで十分コントロールは可能です。
  • 高齢患者さんの血糖コントロールの目標ですが、患者さんの年齢・全身状態・糖尿病の治療期間・合併症の有無などを考慮して設定します。加齢により身体の機能は低下していくため、低血糖が起きやすくなったりしますので、お薬の量を減らしたり、他の疾患の治療薬との影響(相互作用)を考えたりする必要があります。

血糖管理の原理原則

① 高血糖状態を改善する

② 治療過程で低血糖を絶対に起こさない

③ 血糖値スパイクを改善する

低血糖は認知症発症のリスク低血糖が多ければ多いほど、ブドウ糖不足が脳に影響して認知機能を低下させうる。

血糖管理の原理原則はもちろん、高齢糖尿病患者さんにも当てはまりますが、一番注力する点は「②治療過程で低血糖を絶対に起こさない」という点です。つまり、低血糖を起こさないようにお薬を選び、低血糖を起こさないように血糖コントロールの目標値を設定します。

なぜ低血糖を絶対に起こしてはいけないのか?

低血糖⇒ふらつく⇒こける⇒足の骨を折る(高齢の方は大腿骨骨折を簡単に起こえます)⇒寝たきりもしくは車いす生活⇒肺炎⇒亡くなる、というように、「低血糖」を始まりとして、ドミノ倒しのように状態が悪化し、最終的に「亡くなる」ことが多々あります。つまり「低血糖」は寿命を短くしてしまうのです。高血糖がいいわけでは決してありませんが、高齢の糖尿病患者さんに対しては、はるかに「低血糖」のほうが悪質であり、診療においては重きを置いている点になります。また右記の通り、低血糖は認知症を引き起こしてしまいますし、この点においても低血糖は決して起こしてはいけないのです!
低血糖を引き起こしうる薬剤(SU剤:グリメピリド、グリクラジド、グリベンクラミド、インスリン分泌促進剤:ナテグリニド、ミチグリニド、レパグリニド)やインスリン注射を使っていて、HbA1cが6.5%を下回っている場合は間違いなく低血糖となっていますので、薬剤の減量・変更を考慮すべきと覚えておいて下さい。

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